脊髄損傷からの回復:BFRトレーニングと電気刺激の可能性脊髄損傷は、運動機能や感覚機能に大きな影響を与える可能性があります。特に、麻痺による筋肉の不使用は、急速な筋萎縮を引き起こし、健康上の様々なリスクを高めることが知られています。筋力低下は、日常生活の困難さを増すだけでなく、耐糖能異常、メタボリックシンドローム、そして糖尿病といった生活習慣病のリスク上昇にも繋がります。このような状況に対し、近年注目を集めているのがBFR(血流制限)トレーニングです。BFRトレーニングは、軽い負荷でも筋肉に十分な刺激を与えることができ、効率的な筋力アップや筋肥大が期待できるトレーニング法です。しかし、脊髄損傷によってほとんど筋肉を動かせない場合でも、BFRトレーニングは有効なのでしょうか?眠れる筋肉を呼び覚ます? FESとBFRトレーニングの可能性希望の光となる研究結果が報告されています。それは、電気刺激(FES)をBFRトレーニングと組み合わせることで、新たな効果が期待できるというものです。ある研究では、脊髄損傷によって影響を受けた筋肉に対し、FESとBFRトレーニングを併用したグループ(FES+BFR群)と、FESのみを行ったグループ(FESのみ群)を比較しました。(※1)その結果、驚くべき変化が見られました。FES+BFR群では、FESのみ群と比較して、筋肉の厚さ(MT)が有意に増加したのです。特に最初の4週間で継続的なMTの増加が見られ、その後も8週間までその状態が維持されました。興味深いことに、3週間のトレーニング休止期間後には、MTは元のレベルに戻ってしまいました。一方、FESのみ群では、トレーニング期間を通してMTの顕著な増加は見られませんでした。この研究はまだアブストラクト段階の情報に限られているため、具体的なトレーニング内容の詳細は不明です。しかし、「麻痺した骨格筋であってもFES+BFRによってMTが増加する」という事実は、これまで運動が困難であった脊髄損傷の患者さんにとって、大きな希望となるのではないでしょうか。さらに、動物実験においても同様の可能性が示唆されています。ラットを使った研究では、脚の血流を80mmHgで制限した状態で電気刺激(EMS)を与えたところ、筋肥大が起こり、筋肉のタンパク質合成が促進されることが確認されました。(※2)リハビリテーションの新たな選択肢へこれらの研究結果は、これまでほとんど動かすことのできなかった筋肉に対するリハビリテーションにおいて、BFRトレーニングが重要な役割を果たす可能性を示唆しています。痛みの軽減はもちろんのこと、筋肉量の維持・増加という観点からも、電気刺激との組み合わせはより効果的なアプローチとなるかもしれません。もちろん、BFRトレーニングは誰にでも適しているわけではありません。特に、脊髄損傷の状態や既往歴によっては注意が必要な場合があります。必ず専門の医師や理学療法士などの指導のもとで行うようにしてください。しかし、今回の研究結果は、脊髄損傷からの回復を目指す多くの方々にとって、新たな選択肢となりうる大きな一歩と言えるでしょう。今後の研究の進展により、BFRトレーニングが脊髄損傷のリハビリテーションにおいて、より効果的かつ安全な方法として確立されることが期待されます。参考文献:※1:Effects of functional electro-stimulation combined with blood flow restriction in affected muscles by spinal cord injury Neurol Sci. 2021 May 12. doi: 10.1007/s10072-021-05307-x.※2:Effects of combined treatment with blood flow restriction and low current electrical stimulation on muscle hypertrophy in rats. J Appl Physiol (1985). 2019 Sep 26. doi: 10.1152/japplphysiol.00070.2019.(注釈)このコラムは、現時点での研究結果に基づいた情報提供を目的としており、すべての方に同様の効果が得られるとは限りません。BFRトレーニングを行う際は、必ず専門家の指導のもとで行ってください。