知っておきたい、こどものバレエ障害:成長期の身体と踊りのリスク華麗な舞台で観客を魅了するバレエは、全身の柔軟性や筋力、バランス感覚を養う素晴らしい芸術です。しかし、その特殊な動きや身体への負荷から、成長期のお子様にとって特有の障害が起こりやすい側面も持ち合わせています。今回は、こどものバレエで注意すべき合併障害について、詳しく解説していきます。バレリーナの足元で起こる静かな異変:三角骨とトゥシューズ私たちの身体は約207個の骨と、それを繋ぐ約275個の関節によって構成されています。驚くことに、人によっては生まれつき骨の数が異なる場合がありますが、日常生活に大きな影響を与えることは稀です。しかし、バレエ、特にトゥシューズを履いて踊る女性にとっては、その小さな違いが痛みの原因となることがあります。その代表的な例が「三角骨」です。10人に1人の割合で存在する小さな骨、三角骨三角骨は、足関節の後方、アキレス腱の付け根付近に約10人に1人の割合で存在する小さな骨です。普段の生活ではほとんど意識されることはありません。ところが、バレエ独特の動き、特にトゥシューズでつま先立ちをする際、ふくらはぎの筋肉が収縮し、かかとを強く引き上げる動作によって、この三角骨が足関節の骨に挟まれてしまうことがあります。この挟み込みによって、激しい痛みが生じることがあるのです。日本で行われる三角骨の除去手術日本においては、この痛みを根本的に取り除くために、外科的に三角骨を摘出する手術が行われることがあります。この手術は、痛みの解消だけでなく、足の甲をより美しく出すという目的で行われる場合もあります。しかし、欧米では、単に甲を出すためだけに三角骨を摘出する手術は非常に稀です。三角骨のように、普段は問題がないにも関わらず、バレエを踊るという特殊な状況下で初めてその存在が明らかになり、痛みの原因となるケースがあることを知っておきましょう。バレエの基礎を揺るがす?土踏まずの形成不全バレエを学ぶ上で、もう一つ重要なポイントとなるのが「土踏まず」の存在です。生まれたばかりの赤ちゃんには土踏まずがありません。土踏まずは、幼児期に足の骨格や筋肉が発達する過程で自然に形成されます。しかし、この大切な形成期を逃してしまうと、残念ながらその後一生土踏まずが形成されることはありません。土踏まずがなくても日常生活を送る上で支障がない人も多くいますが、クラシックバレエにおいては、土踏まずの形成不全が、成長期から青年期、そしてプロの舞踊家を目指す本格的な訓練の過程で、様々な障害を引き起こす連鎖反応の起点となることがあるのです。知らず知らずのうちに進行する?土踏まず形成不全が引き起こすバレエの合併障害私たちの体重を最終的に支えるのは、足裏にある土踏まずのアーチ構造です。人間の身体は非常に繊細な感覚を持っており、例えば床がわずかに傾いているだけでも私たちはその傾きを感知することができます。しかし、この感覚は同じ刺激が繰り返されると、その刺激を遮断してしまうというメカニズムを持っています。例えば、重たいリュックサックを背負った直後は「重い!」と感じますが、しばらく背負っているとその重さをあまり感じなくなる、という経験は誰にでもあるでしょう。これと同じように、左右どちらかの足の土踏まずの構造が徐々に崩れて失われていった場合、私たちはその変化に気づきにくいのです。クラシックバレエでは、この気づかないうちに進行する土踏まずの構造の崩壊が、様々な障害を引き起こす原因となります。具体的には、土踏まずが崩壊した足の裏は、足関節を正常な位置に押し上げることができず、足関節とその上の下肢の骨全体が内側に落ち込むような状態になります。その結果、膝関節は内側に大きく傾き、脚全体が「く」の字型に曲がってしまうのです。さらに、この状態は股関節の不安定さを招き、骨盤が下方へ落ち込みます。骨盤の歪みは、その上にある腰椎の自然な湾曲を狂わせ、全身の骨格バランスを大きく崩してしまうのです。この全身の骨格構造の崩壊が、以下のような様々なバレエ障害を引き起こす可能性があります。外反母趾:足の親指が内側に曲がり、付け根の骨が突出する大腿骨成長軟骨損傷:太ももの骨の成長期にある軟骨が損傷する半月板損傷:膝関節にある半月板という軟骨組織が損傷する十字靭帯損傷:膝関節にある重要な靭帯が損傷する腰椎分離症:腰の骨の一部が疲労骨折を起こす特に、バレエシューズやトゥシューズの底は非常に薄く、足の裏全体が床に直接触れるため、土踏まずがない場合、ジャンプなどの衝撃を土踏まずのアーチで吸収することができません。その結果、足関節、膝関節、股関節、そして腰椎が直接衝撃を受け、全身の骨格の歪みを加速させてしまいます。また、全身の骨格が歪むことで、腰椎の自然な湾曲による衝撃吸収のメカニズムがうまく機能しなくなり、慢性的な腰痛を引き起こすことも少なくありません。トゥシューズを履く女性の場合、つま先で立った際に足の裏の筋肉(足底筋)を使って体重を上方向に押し返し、全身を支えます。しかし、土踏まずが十分に形成されていないと、この足底筋が効率的に働くことができず、結果として全体重が親指とその付け根にある中足骨に集中してしまい、外反母趾を誘発しやすくなります。このように、土踏まずの形成不全は、バレエダンサーの全身にわたり、連鎖的に様々な障害を引き起こす可能性があるのです。失われたアーチを補強する:足底筋の強化という選択肢一度崩壊してしまった土踏まずのアーチ構造を完全に再生することは非常に難しいと言われています。しかし、クラシックバレエを長く、そして安全に踊り続けるためには、この土踏まずの崩壊によって引き起こされる骨格上の問題を克服する必要があります。一般的な靴であれば、靴底に土踏まずをサポートするパッドを入れることで、落ち込んだ足関節を押し上げ、体重を分散させることが可能です。しかし、バレエの場合、特に土踏まずが形成されていない女性がトゥシューズを履き、つま先立ちをする体勢では、本来であれば足の甲の部分と足関節で支えるはずの体重が、親指とその中足骨に集中してしまいます。さらに、足底にパッドを入れても、つま先立ちをするためパッドが機能しにくいという問題もあります。そこで重要となるのが、「足底筋」の強化です。失われた土踏まずの骨格構造の機能を、足裏の筋肉を鍛えることによって補うというアプローチです。そして、この足底筋の強化に有効な手段の一つとして注目されているのが、「血流制限(BFR)リハビリ」を応用した筋力トレーニングです。BFRリハビリによる足底筋の効率的な強化血流制限(BFR)トレーニングは、専用のベルトを装着し、適切な圧力を加えることで、筋肉への血流を一時的に制限した状態で行うトレーニング方法です。これにより、通常のトレーニングよりも短時間かつ低負荷で、成長ホルモンなどの内分泌系の促進や、筋肉の肥大を抑制するミオスタチンの働きを抑える効果が期待でき、効率的に筋肥大を促すことが可能です。このBFRリハビリを応用して足底筋を強化することで、足の甲をしっかりと押し出し、トゥシューズのアーチを適切に形成することができます。これは、土踏まずの構造が十分にない状態でも、足関節を足底部から強力に支え、全身の骨格の歪みを改善し、正しいバレエ姿勢を維持するために非常に有効な手段となります。まとめ:BFRリハビリはこどものバレエ障害予防と改善の可能性を秘めているこれまで見てきたように、こどものバレエには、成長期の身体特有の注意点や、バレエならではの障害リスクが存在します。特に、三角骨や土踏まずの形成不全は、ダンサーのパフォーマンスだけでなく、将来の健康にも影響を与える可能性があります。BFRリハビリは、このようなバレエ・ダンス障害に対して、特に足底筋の強化という側面から有効なアプローチとなることが期待されます。適切な知識と指導のもとでBFRリハビリを取り入れることは、こどもたちがより安全に、そして長くバレエを楽しむための一つの選択肢となるでしょう。